こんばんは、渋屋です。
今日は久しぶりに診断士でも起業でもランニングでもないネタです。
ふと、感じたことを言語化してみたいと思います。
え?そこに全力??
詳細は書けないのですが、会社の中である仕組みが変わることの説明会が行われていました。
この仕組みの変更は、私から見ると、世の流れに応じて対処せざるを得ない内容でした。
しかし、その説明会で「説明が足りていない!」 とか、「それじゃ納得できない」 というような
クレームが数多く出ていました。
説明する側は、会社から指示を受けて行っているだけですし、
大きな世の流れに沿っての変更ですから、クレームを言われてもタジタジです。
私はクレームをつけている人たちに対して、
「え?そこに全力でクレームつけるの?」 と強い疑問を抱いてしまいました。
外部のマクロ環境には逆らえない
あまり上手い例が見つからないのですが、例を挙げてみましょう。
国が運営する年金は既に破綻していると言っても過言ではないと思っています。
少なくとも今60歳代の人たちと、30歳代の人たちで受けられる恩恵は全く
異なるものになるはずです。
だからと言って、年金にクレームをつけることだけに全力になっていて良いのでしょうか?
もし、そこに自分のエネルギーを100%投入していたとしたら。
自分がいざ老後を迎えたときに、後悔することになるのは目に見えています。
外部環境・マクロな環境変化に対して、結局、私達は逆らうことはできません。
必要に応じてクレーム(というより意見)を出しつつも、自分でできる対応をしていく方が適切でしょう。
年金の例で言えば、国の年金など当てにせず、自分自身で老後対策としての
「じぶん年金」を作っておいた方が、よほど安心です。(と私は思っています)
自分が頑張って意味のあるところで頑張ろう
繰り返しになりますが、外部環境、特にマクロな環境変化は、
私たち個人にとっては対応すべき変化であり、逆らうものではありません。
「円安に反対だ!!」と声高に叫んだところで、明日から1ドル80円にはならないのです。
私たちが注力すべきは、自分が頑張って意味のあるところ。
「じぶん年金」を作っておくことかもしれませんし、保有資産を通貨分散してリスクを
押さえることかもしれません。
(何れもただの例ですので、個々の例に対してのツッコミはご遠慮下さい。。)
お伝えしたいことは、自分が頑張るべきは、自分が動く意味のあるところにすべき、
ということです。
「本当にそこで気張る意味あるの?」 と感じるところで必死に頑張っているケースを
(たまたま)数多く見たので、記事にしてみました。
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【編集後記】
今晩は早く帰宅して、今後の計画を詳細化する予定です。
今日も素晴らしい1日になります。感謝!!